2012年8月6日月曜日

日本公衆電話会


 最近、しきりと、携帯電話会社からDMが届きます。家内の携帯電話が旧式なので、これを、
新しいものへ交換してくれと言う勧誘の知らせです。携帯電話が普及して、世の中は、随分と
便利になりましたが、一方で、姿を消してしまった物も、沢山あります。携帯電話の普及と伴
に、姿を消した物の一つに、通称赤電話と言われた公衆電話があります。赤電話は、煙草屋の
店先や郵便局などにあり、以前は随分と重宝しました。映画「三丁目の夕日」でも、昔懐かし
いタイル張りの煙草屋の店先に、ちょこんと、置いてあります。
 この赤電話の設置者には、通話料金の一部が収益として渡される代わりに、応対サービスが
義務付けられていました。設置者が管理している鍵を差し込まないと、利用できない通信サー
ビスを、設置者が応対して、利用者に提供することです。通称「100番通話」、警察、消防、
電報、市外通話や番号案内などの通信サービスが、赤電話に鍵を差し込まないと利用できませ
んでした。他にも、時報、天気予報、電話の故障修理を受付けるサービスなどがあります。
 赤電話の構造は、受話器を上げて投入した十円玉で電気を通電させて、通話ができるように
し、受話器を下ろすと、十円玉が落ちて電気を切断して通話を終了させるという単純なもので
したので、料金体系が異なる通信サービスを提供するためには、人手の介在が必要不可欠でし
た。しかし、料金体系が異なる通信サービスを提供するために、一々、電話局員が公衆電話の
設置場所へ出向くのは不合理ですから、このような仕組みができたのです。因みに、昔の電話
機は、赤電話に限らず、電話線から電気が供給されていました。受話器を上げると通電して、
受話器を下ろすと切断されました。ですから、停電時でも電話を使用できました。
 さて、この赤電話を設置して、設置者を一手に束ねて、管理運営していたのが、今は無き「
財団法人日本公衆電話会」でした。日本公衆電話会は、赤電話を含む全ての公衆電話を管理
運営していましたが、そのために、独自の通信網を敷設して保有(正確には借用)していました。
今でも災害時に公衆電話だけは繋がると言う現象が起こるのはこのためのです。
 この日本公衆電話会は、毎年、赤電話の普及と応対サービスの向上を目指して、全国規模で、
赤電話の応対サービスコンテストを開催していました。希望する赤電話の設置者を集めて、問
答形式で、応対サービスに対する問題を出題して、応対サービスの優劣を競わせました。各県
で予選会が行われ、優秀者による地区予選を勝ち抜いた者だけが、東京で開催される決勝大会
に招待されました。
 日本公衆電話会は、毎年、私が所属していた大学の演劇研究会に、出題者として出演を依頼
して来ていました。予め、問答形式による出題の台本と、出場者毎に割り振られた出題シナリ
オが用意されており、数回の打ち合わせを経て、本番に臨むという段取りでした。我々の演劇
研究会には、部長は居らず、窓口になっている最年長の文学部の大学院生のところへ、出演依
頼の連絡が入ると、その時、特に予定の無いものが集まって対応するという、如何にも学生ら
しい暢気なアルバイトでした。しかし、舞台度胸をつけるためと称して、一年生は、全員強制
的に出演させられました。
 暢気なアルバイトとはいえ、倶楽部にとっては、重要な資金源ですから、粗相が無いように
入念に練習をします。出題は、主に「100番通話」から出題されるので、十種類程度です。
出題者で問題が分からないように、役者には複数の出題台本を覚えてもらい稽古をします。台
本は、想定問答集の様な設えになっていますが、出場者が、台本通りの回答をする筈も無く、
役者には臨機応変な対応を要求されるので、実は、結構難易度の高い芝居を要求されます。先
輩の部員は、稽古中、台本に無い意地悪な回答をして、一年生を困らせますが、これは、普段
の芝居や稽古でもよくある事で、本番でも役に立ちます。
                            
 応対サービスコンテストは、恒例で、品川の某有名ホテルで開催されました。当日、出場者
は、午前中にホテルにチェックインして、出番を待ちます。我々は、午前中の決められた時間
に集合して、ホテルへ出向き、日本公衆電話会の担当者に挨拶をして、楽屋に指定されている
ホテルの一室で待機します。実は、出場者と我々出題者の楽屋は同じ部屋で、呉越同舟宜しく
同じ船の中で揺られる事になっています。
 赤電話の応対コンテストですから、煙草屋のおばさんばかりが集まるのかと思うと、さにあ
らず、見目麗しきお嬢様方が、めかし込んで集合してきます。煙草屋さんの○○小町美人コン
テスト会場といった景色になります。皆さん、緊張していますが、豪華賞品を獲得しようとや
る気満々です。中には、ちゃっかりしたお嬢様も居て、「何が出題されるが教えて下さる。」
などと声を掛けられることも、しばしばあります。
 本番前に、進行の段取り合わせを兼ねたリハーサルが行われます。出演者は、この時初めて、
コンテスト会場の舞台に上がることになります。初めて参加する一年生部員には、この時まで、
会場がとても広く、広い会場の隅々にまで、観客席が並べられていることを、知らされていま
せん。当時の郵政省のお役人、日本電信電話公社と日本公衆電話会の幹部、各地の日本公衆電話会支局の職員、招待客と出場者の家族など、総勢1,000人を超える観客で、会場は埋め
尽くされます。度胸試したる所以です。リハーサル中、一年生部員の声は上ずり、足はヨタヨ
タしますが、ご安心ください。この時のために、一年生部員には、警察や消防など、声が上ず
っても不自然にならない台本が渡されています。
 テレビ局の美人アナウンサーが登場して、プログラムの説明が終わると、上手から出場者が
入場して、煙草屋を模した赤電話が設置された簡単な舞台装置へ腰をかけ、出題者が上手から
登場すると、コンテストが始まります。コンテストも半ば頃になると、声を上ずらせ、ヨタヨ
タと歩いていた一年生部員の肝も据わり、中には、台本に無いアドリブをかます者も現れます。
出場者への出題が終了すると、審査員が別室へ退席して休憩になります。休憩の間、我々は、
「赤電話の悪い応対見本」と称する寸劇を披露すことになっています。台本と演出は我々に任
されていましたから、ここが、腕の見せ所です。面白い芝居をすると、1,000人以上の客
席がドッと沸く、快感の一時です。
 快感の一時が終了すると、我々の役目は終了です。報酬を受取ったら解散なのですが、決ま
って、コンテストの後に催されているレセプションへ招待されます。お堅いお役人さんばかり
のレセプション会場では、能天気な学生役者はホスト役として重宝なのかもしれません。レセ
プション会場には、髷を結って綺麗な着物を着た御姉様方も呼ばれていて、出場者の小町娘と
相俟って、誠に華やかです。舞台衣装を兼ねた薄汚れた私服を着ている我々は、誠に場違いな
のですが、舞踏会のビエロ役と割り切って、豪華な食事に在り付きます。宴もたけなわとなり、
御酒を召した小町娘たちの頬がほんのり色づき、ビエロの空腹も満たされた頃、我々はそっと
退散します。これも失われた風景の一つです。

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